どんな風に寒さが増していくのか、
あくまでだんだんと、だんだんと、という感じで、
いきなり来た!という日もあるけど、また温かくなったり、で
ホント、見事ですね。
薄皮が積み上がっていくようです。
こんな感じって、平安時代の十二単衣のようです。
繊細です。
季節を動かしているものってなんなんだろ?
ベルリンでは、冬は花なんて、まったくなくなっちゃいます。
灰色で、空もくらいし、とにかく寒くて、私はベルリンには絶対に
冬には行かないようにしてました。
穴蔵に入るみたいな、冬なんです。
私なんかは,買い物以外は外に出たくなくなりますが、
ベルリンの人たちは、暑さ寒さは慣れなんでしょうね、
ちゃんと外へ出ます。
でも、かなり、アグレッシブになります。
温かな春や楽しい夏と比べると、
みんなすごい顔をで歩いてる。
暑さ寒さって、相対的な感覚で、絶対的なものじゃないと言いますよね。
ハンガリーにいたときも、冬はマイナス10−15度になりましたが
10代、20代、の人たちは、そこで生まれ育っているからか、
慣れていて、東京の冬みたいなかっこうで
ジャンパー羽織るぐらいで歩いてました。
相対的ということは、
逆に日本の夏は耐えられないだろうなと思います。
今年は11月末から12月半ばにかけてベルリンへ行きます。
ありがたいことに4月に朗読会をしたカフェから、
お誘いがあり、ヴォルテも今年は11月半ばでおさらい会をして
終了なので、ヨッシャ!となりました。
でも、なんせ寒いんで、防寒対策で右往左往してます。
十月に体調を崩して、とりあえず仕事には穴をあけぬよう
やってますが、仕事がない日が二日続くとすっと熱が出て来たりと、
なかなか治らず、油断大敵の日々です。
仕事と家の往復以外は、外には出かけず!という日々です。
映画も見たいし、展覧会もけっこう見たいのがあったんですが
横目でチラリ、です。
みなさんの周囲は、新インフルエンザは猛威をふるってますか?
早めに寝て、温かくして、と身体の手綱を引き引き、
お互い乗り切りましょー
けっこうはっきりしたことばだ。
でもささやかなものでも、
生ハムを薄く切るように、
やっぱり毎日毎日バランスをとるように、
落とし前みたいなものはつけていってるような
気がする。
目に見えない世界のことをどう言うか、
自分のことばでどう言うのか、
私はその辺り、とても大事だと思う。
ここをはしょると、宗教になるから。
日曜日、毎日新聞の「女の気持ち」という欄に
60歳の会社員女性が投稿していた。
「月下美人」というタイトル
昨年暮れにご主人が亡くなってから
一人暮らしになったこと
気がめいってしまうこと
日の暮れるのが早くなる秋には
なおさらさみしくなる、とあった。
それから、亡くなったご主人が大事にしていた月下美人が
顧みられずにいたのに、
ベランダでつぼみをつけ、
そのつぼみが膨らんでいるのを見つけた。
あわてて部屋の中にいれ、
いつ咲くのか、毎日見守ったとあった。
そして花の精気が満ちて来て、
夜7時ごろ花が咲いた。
(花が咲くまでの描写は数行なのに、
日が沈んでから、の数時間で
花の精気が満ちて、花開く様子が感じられました)
その日は生きていれば夫の67歳の誕生日だった。
お父さんからの励まし、エールだ、と思って涙があふれてきたこと、
人は死んでも、伝えたい思いは届くものなのだと思ったこと、
お父さんに「ありがとう」と言えなかったけれど、
月下美人に託して,伝える、
とありました。
本当にささやかな出来事だけれど、
文章を読んでいると、本当にそう思っていることが、わかる。
死んだあと人がどうなるのか、
江原さんは『オーラの泉』で
おとぎ話だと思って聞いてください、という言い方をして、
出演者の前世などを話していた。
そんなふうにおとぎ話なのかもしれない
でも、そうではないかもしれない。
それは目に見えない世界のことだから
誰が正しいか、わからないですよね。
だから、それぞれが、生きてみて、
自分はこんなことがあって、こう思うって言うしかないことだと
私は思います。
じゃないと、人の大切な部分を踏みにじっていくことに
なるんじゃないかな?
大事なのは、「ありがとう」って亡くなった人に言えなかった、
その思いで、この女性が
出来事を見たり、感じたり、考えたりしていること。
人って、私もそうですが、
いろんなことを見事に忘れてしまう。
でも、本当は、自分の人生に起こったことで、
これは忘れたくないって言うこと、その気持ちで
出会うことを感じたり、考えたりしたら、いいんじゃないか、
と私はひそかに理想みたいに思ってます。
実際、全然違う文章が出てくる。
9月の末に起こったことなのに、
記事は11月1日にあったのは、
書くのにそれだけ時間がかかったからだと思います。
そんな風に、大事にして、時間をかけることが
ささやかだけと落とし前なんじゃないか。
そうやって、ことばにしたことが、
市井の人々から、たくさんたくさん溢れてきたら?
「私はこういう目にあって、こんな思いで生きて来て、
こんな風に思うんだよ」
ということが溢れて、誰が上、下ということなく、
林立したら、
宮沢賢治が詩の中で
「並び立つ、巨人たち」
と言ったようになるんじゃないか。
もしも毎日、一人一人が
こんなことをしていかれれば、
世界って違ってくるんじゃないか。
大事な人が亡くなること
そのくらいのことがないと、
人はなかなかそこまでしないけど、
でも、そうじゃなくても、できるんじゃないかと思うし、
世界は違ってくる、って、そう思う。
私が密かに描く革命は、外を変えるんじゃなくて、
そんな風に起こる。
兄がダウン症というのは書いたことがあると思います。
小さい頃から,兄や兄のお友達を見て来て、それで
シュタイナーの思想、アントロポゾフィに出会って
霊界とか精神世界という、目には見えない世界のことを科学しよう、
と言われるわけですが、
実際のところ、私は見えるわけではないので、やっぱり
「霊界とかってあなたはどうなの?どう思ってるの?」
ということをドイツやスイスにいて言語造形を学んでいたとき
アントロの人たちにも聞いてみました。
もう、いったん中に入ってしまうと、あんまり考えないみたいです。
いきなり、イマギナツィオーン、インスピラツィオーン、イントゥイツィオーン
という三つの意識段階の講義が始まったこともありました。
死ぬのは怖くないの?
と聞いても、怖くないと答えます。
どう触覚を張り巡らして、知覚してみても、
怖くないと答えている相手の部分とういのが、
リアルじゃなくて、頭のさきっちょの部分だけなので、
とっても不思議でしたし不満でしたが、
答えは「怖くない」の一刀両断なので、
会話は先に進みません。
目に見えない世界というのは
私はあると思います。
もちろん。
でも、それは何か一つのことをコツコツしていったら、
ぶつかるような、当たり前な感覚です。
私は自分のことばで、どんな風なことなのか、って考えて、
なんとかことばにするのは、落とし前をつけるような大事な事だと思います。
特にシュタイナーのアントロポゾフィは
そういう目に見えない世界のことを科学するというわけですから、
落とし前をつけていくのは大事な気がします。
なかには生まれつき、見える人もいました。
だから、問わなくてもそれは現実なんだっていう人も、
特に私たち30代以下の世代の人たちには
けっこういました。
私は、兄みたいな人たちが、報われるというか、
なんにも悪いことしてないのに、道を歩くだけで
ジロジロ見られて、それももう、人以下!という感じで
見られる、そういうものが、トントンになるような世界があるんじゃないかと
感じます。
なきゃおかしいでしょ、って思います。
だから、私は霊界とかあの世とか、精神世界って
あると確信しています。
そのほうが合ってる気がします。
それって、平均台みたいな、バランス感覚なんです。
とはいえ、日本の人は、文化にご縁(カルマでしょ、まさに)とか
前世とか、来世は一緒になりたいとか、普通にあるので、
あの世があるってこと自体、受け入れるのにそんなに無理はないです。
高校のころ、同級生に
死んだら、無。そのまま、なんにもなくなる。
と言い切った人がいました。
小耳にはさんで、とっても不思議だったので、
なんでそこまでそんなことを言い切れるんだろうって
不思議でした。
で、聞いたんです。そうなの?って。
そうしたら、そうだよ、何にもないんだよ。
と答えました。
そんなのあり得ないよなあ、じゃあなんで生きてるの?
って思いました。
理屈じゃなく。
フジコ・ヘミングさんというピアニストのドキュメンタリーが、
「もう一度見たい教育テレビ」が取り上げられて、
先日見ました。
ご自宅のある下北沢を散歩して、雑貨屋さんに入って、
こう言うんです。
「死んで、あの世にいったら、こういうことしたって
思い出したい。
ああ、ああいう人にあった、あんなことを話した
あんなことをしたって思い出したい。
あっちに行って、なんにもないまっさらのゼロから始めるのはイヤ。
そういう風に今から準備してる」
フジコ・ヘミングさんのことばって、なかなか引用しづらいんですが、
これもことば通りに覚えてないので、うまく伝わらなかったらごめんなさい。
でも落とし前、最高についてます。
すごい人だ。
考えるって言うのは、深く感じること。
と昨日紹介した、絵を描いている友人は言ってました。
そうなんだよね。
深く感じること、それが考えることなんだよね。
私はずっと永遠が怖かったです。
今も永遠について考えるのは怖いです。
永遠が何かを考えると、ずっーとずーっとまっすぐに伸びた線を
思い描いて、自分の意識がもう線を引けないくらいまっすぐに
線を延ばしていって考えてしまうと、
すっとどこかで恐くなります。
キリストが永遠の命を与えると言ってくれるのですが
私は永遠が怖いです
そんな話を画家の友人によく話していました。
永遠は一瞬にあるんじゃないか、
というのが友人の答えですが、
なかなか私には永遠が一瞬にあるとは思えないで
相変わらず直線で考えています。
ギリシャの映画監督テオ・アンゲロプリス『永遠と一日』があります。
詩人の研究をしている、年取った男アレクサンドロスが主人公で、
一人で住んでいます。
死が感じられます。
いろいろな追憶もからむ旅のあと、
亡くなった妻に、まるで現実に生きているかのように再会する
最後の場面で、アレクサンドロスが妻のアンナに聞きます
明日の長さは?
永遠と一日
それが答えでした。
海の場面、そして二人の、幸せそうに暮らしていた過去の映像、
そんなものを見ていると永遠が一瞬にあるというのは
そういうことなのかなあと思いはしています。
でも、まだわからないし、まだ怖いです。
死ぬ前に怖くなくならなくなりたいものだと
思っています。
頭でわかっていても、
なかなかすぐには納得できないものです。
ふと、あなたは何が怖いのか?友人に聞いてみました。
と、しばらくして、
真実
と答えました。
アンドレイ・タルコフスキーの『ストーカー』という映画をご存知ですか?
映像のとてもきれいな、そして何度も思い出して考えてしまうような深いことが
たくさん入っている映画を7本とって亡くなった監督です。
「ストーカー」ではゾーンと呼ばれる、不思議な領域があって、
廃墟みたいなところなのですが、
案内人がいて、その再奥まで願いを持つ人々を案内しています。
案内するといっても大変で、
遠いのに突然乗り物を捨てて、ここからは歩かなくちゃいけいと言われたり、
草を抜いたらいけないとか、実に細かなルールがあり、
案内人だけがそれをよく知っていて、突然耳を澄ませて伏せたり,立ったり、
かと思うと、今は進めないという具合で立ち止まらされ、
一行は最初は戸惑います。
もっと深いところにある自分の願いがかなうと場所があります。
それを目指して、みなこのゾーンへやってきました。
ところが、案内人の必死な手引きで、
実際にそこまでたどり着くと
誰も、自分の願いを叶えません。
もういい、と言うのです。
案内人はそのことに苦しみます。
でも案内人には戻ってこれる生活があり、
そこで映画が終わります。
そこには障碍をもって寝ている娘と
その子を必死に育てて、生活をなんとか切り回している妻がいる場所。
なぜみんな願いを叶えないのか?
わかるような気がします。
自分が何を願っているのか、考えてみると
恐ろしいと思いませんか?
友人が真実といったのは、
自分という限りある人間が、思いもよらない真実が絶対的に
あって、それがふっとベールが取れたようにわかることを
恐れていたのかもしれないなあと思います。
えーっと、誤解する人はあんまりいないと思いますが
自慢がしたかったんじゃないんです。
うれしいなと思った後、
実はすぐに亡くなった人のことを思い出していました。
私も似たようなことをしたことがありました。
ひとつ、してよかったと思っていることがあります。
亡くなったおじの見舞いにいったことです。
おじが亡くなる前、ちょっと変わり者のおばは、
ギャンギャン文字通りわめいて、おじに会わせてくれませんでした。
このままではもう生きているうちに会えないと、
ヨイショ!と決心して、
嫌みを何万回言われてもいいから、と
覚悟してお見舞いに行きました。
おじは脚を切除して、骸骨のようにやせ細っていました。
そんなおじを見ているうちに、お見舞いのお金を包んだ袋の後ろに
書かなくちゃ、伝えなくちゃと思ったんだと思います。
「おじさんは、やさしくて、無骨で、不器用で、でも一本筋が通っている、
私のいちばんの自慢のおじさんです」
と書きました。
後で読んでね、と。
でも、おじさんはもう、読む気力がなかったみたいでした。
私は、おじさんが封筒をどこかへ置こうとした瞬間、
手にとって、ぱっとその場で声に出して読みました。
と、おじさんの顔が花開いたように、嬉しそうに笑いました。
ああ、よかった、と思いました。
その後、おじは亡くなりました。
お見舞いにいくのも大変だったし、
おばがものすごい嫌みを言うので、
私の収入からして、大変な額を入れようと決め、
10万円というお見舞金を包んで、出かけました。
実際に「いらないわよ、そんなもの」と肘で私の腕を押します。
「だって、あんたいくら入ってるの?」とその場で
はっきり聞かれました。
10万です、というと、ふっと黙ってくれました。
その瞬間、おじに手渡し、
そして声を出して読むことができました。
その場の機転なのか、何かの加減なのか、
実際に声に出して伝えてよかったと思いました。
そうでなければ、きっともうおじは
自分では読めなかったと思います。
難しいおばの長年の仕打ちから、
生きている間に何を言われてもいいから、
一度、会いにいきたいと考えていました。
嫌みを言われてもかまわないと、決意して、
自分にとっての、痛い額を包んで、
実際に出かけていったから、その機転が浮かんだのかもしれません。
そんなことばっかりしているから、
貯金がないのかもしれません。
でも、そんなことよりも、何よりも、
行ってよかった、伝えてよかったということが
残りました。
もしもあの場で読まなかったら、
一生、伝わらなかった。
いったいなにが、私に機転をきかせてくれたのか。
おばは「そんなもの、読むんじゃないよ」
と言いましたが、
私は珍しく、動じませんでした。
いろんな覚悟をして行ったので、
いつものおばの嫌みくらいでは
動じません。
そのまま読み、一行、二行の文章です、
もう読み終わっていました。
そしておじの顔に笑顔がひろがりました。
伝わったんだ。
おじの笑顔を思い出すたびに、
よかったと思います。
どうしてそこまでするのか、したのか、というと、
簡単に言うと、私がどうしようもないことをもう一度
してしまったことがあるんです。
間に合わないことがあることや、してしまったこと
できなかったこと、それが遅すぎること、
いろんなことを、知りました。
だから、伝えなくてはいけないときがあること、
多少痛くてもしなくちゃ、もう間に合わないことがあることを
ちっと学んだようです。
伝えておかないと、間に合わないことがあります。
私たちは永遠に生きているわけではなくって
生きている間にしか、できないことって、あるんですよね。
